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天仙液体験記

●もっと早く天仙液を知っていれば良かった 朱憲治
検査から診断、治療と、どれだけの病院を渡り歩いたことでしょう。ガンというものが、これほど人を翻弄するものだとは思いもよりませんでした。と同時に、病院もいろいろあり、医師にもさまざまな人かいることがわかりました。ともかく良い医師、良い療法と出合うことが、迎命の別れ目のような気がします。

私の場合、最初の診断から混乱していました。1995年初めごろのことです。妙な咳が続き、心臓の調子が良くないので病院で検査してもらったところ、喘息と心臓機能の低下という診断でした。しかし、いっこうに良くなりません。1年後に血痰を吐いてしまいました。再検査でも、原因がどうも判然としないのです。

そこで、前にかかったことがある耳鼻咽喉科の先生に診てもらいましたが、「どうもおかしい」ということで別の大病院の胸腔科の先生を紹介されました。その先生に甲状腺ガンと告げられたのです。

6年前のことなので、細かいことはよく憶えていません。「俺はガンだ。もう終わりだ」とつぶやいたことが記憶にあるだけです。

娘に聞くと、そのとき、3ヶ月の命」という診断が下っていたそうです。娘は、「お父さんの命がそれだけしかないのなら、可能な限りのことをやってあげよう」と思ったと言います。

まず甲状腺の切除手術を受けることになっていましたが、先生は転移とみられる腫瘍が残っており、放射線治療をしなければならないというのです。ただ、ベッドに空きがないので、通院治療でした。

その間にも、咳や痰が止まらず、食欲もめっきりなくなってきました。こうした状態で治療を続けるだけでも、辛い毎日でしたが、そのうちに、ついに声まで出なくなってしまったのです。

私は大変なショックを受け、その病院が信じられなくなりました。もう一度、耳鼻咽喉科の先生に相談したところ、「検査をし直したほうかいい」と言うことで、彼の恩師がいる病院で検査を受けました。しかし、咽喉部摘出の手術を行い金属のチューブを入れることに決まってから、娘たちや私が人から聞いた話では、その病院で手術をすると良い結果が出ないというのです。

そこで、手術を直前に控えたときでしたが、「娘が結婚することになりまして」と言い訳をして退院し、しばらく家にいたあと、仏教系の病院に移りました。

結果を言えば、その病院も失敗でした。9月初旬に入院し、「気管切開をしてチューブを入れれば、声が出るようになるし、咳や痰も止まる」と言われて手術をしたのですか、声も出ないままでいっこうに良くなりません。 唯一の楽しみというべき病院の食事すらまずくて仕方がなかったのですが、移る病院を思いつきませんでした。

声を失って落胆している私を、さらに惨めな気持ちにさせたのは、のどの孔に入れた管から、痰が不用意に飛び出てしまうことでした。最初はそれを押さえるキャップがなかったため、食事中でも皿の上に飛び出す始末です。 しかし、家族とはありかたいもので、誰も文句を言いません。妻と二人の娘にはどれほど苦労をかけたことか・・・ そんなときでした。

天仙液の広告を娘が見つけてきて、コンサルタントの徐さんにわざわざ会いに行ってくれたのです。今にして思うと、この徐さんこそ私の命の恩人です。声を回復することができたのも、そのアドバイスあってのものでした。 徐さんはきめ細かく心配りをして、天仙液の服用の仕方を指導してくれました。さらに台北医大付属病院の高先生を紹介してくれたのです。徐さんの言葉に嘘はありませんでした。天仙液を1ヵ月も続けているうちに咳も止まり、痰が徐々に減り始め、食欲が戻ってきたのです。しかし残念ながら、声だけは回復しませんでした。

ともかく、台北医大付属病院に移ることにしました。そこは西洋医学の病院ですから、私としては大きな期待は抱かないことにしておりました。ただ、高先生は、それまでの医師たちとはどこか違い、病院の中でも実に親切でした。 これまでの病院はもちろん、この台北医大付属病院でも、天仙液は隠れて飲むような状況でした。高先生も表向きは、「これから放射線治療をするので、ほかの治療は遠慮するように」とは言ったものの、実際には見て見ぬふりでした。

暗黙のうちに天仙液の使用を了解してくれたのです。 放射線治療を20回行いましたが、今度は3回目で声が出始め、15回目で話せるようになりました。そのときの喜びは何と言ったらいいかわかりません。生きていて良かったと、しみじみ思いました。放射線治療の際に声を失ったのですから、放射線治療だけで回復したとは、とても考えられません。

天仙液のおかげだと思っています。 まだ完全にガン細胞か消えたわけではありませんが、転移も拡大もみられず、ガンは縮小を続けていることが確認されています。もう一息といったところです。体重も手術後の60kgから70kgに戻りました。
私は最近まで、自分が末期ガンで、余命3ヵ月と宣告されていたことを知りませんでした。

「知らないでいるお父さんが不憫だった」と娘は言いますが、隠し続けた妻や娘は、私以上に苦しかったと思います。
すべてを話す気になったのは、天仙液を用いて、ガンを乗り越えるメドが見えたからだと言います。
家族に心配をかけ、お金も使わせてしまいました。これからは元気になって、娘たちの幸せを見守ってやりたいと思います。
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